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鹿児島研修旅行5(霧島神社~羽田解散)

2012.11.17


おはようございます。

この研修旅行も最後です。

霧島神社を参拝しました。

欽明天皇の時代(6世紀)、慶胤(けいいん)なる僧侶に命じて

高千穂峰と火常峰の間に社殿が造られたのが始まりとされています。

しかし、火山の麓にあるという立地のためたびたび炎上してしまいます。

 天暦年間には性空により瀬多尾越(現在の高千穂河原・古宮址)に遷されますが、

ここもたびたび噴火の巻き添えで炎上してしまいます。

文明16年(1484年)、島津忠昌の命により兼慶が再建したのが、

現在の霧島神宮です。但し、建物はその後も幾度も炎上し、

現在の社殿は正徳5年(1715年)、島津吉貴の奉納により再建した物だそうです。

明治期の神仏分離令が発令されるまでは

西御在所霧島権現と称し、本地堂は十一面観音。別当寺に華林寺を有する。

霧島山を中心とした修験僧による霧島六所権現信仰の中心的役割を果たしていたそうです。

歴代島津氏の尊崇篤く、島津義久は、天正6年(1578年)耳川の戦いに臨む途中に参拝して

を引き、また九州北上にあたっても天正14年(1585年)6月に日向国惣先達職の

面高善哉坊と重臣山田有信を、再び9月に吉田清存を、

それぞれ遣わして鬮を引き侵攻方面を決めるなど、

重要事の決定に際したびたび神慮を仰いでいます。

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普段はここで参拝して終わりだそうですが。今回、この門の向こう側を見せて頂けました。

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お賽銭箱の向こう側には、上の写真の通り拝殿につながる登り廊下があります。

ここまでは横から除けば見えますよね。

実はこの拝殿の奥に本殿があるのですが、普通は屋根以外は見えません。

今回、ここを間近で見れることになりました。と言っても中は見られません。

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手前が拝殿、奥の真っ黒なのが本殿です。貴重な体験です。

また、樹齢約800年と推定される神木の杉がありました。

南九州の杉の祖先ともいわれているそうです。

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霧島神社、歴史を感じさせる威風堂々とした神社でした。

このあと、空港まで帰る途中で、丸尾の滝を見ました。

この滝は、霧島温泉のお湯が落ちてくる滝だそうで、

夏場は、非常に熱いお湯だそうです。この日は、水に変わっていました。残念

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そして最後に見たのは、駅です。鉄道マニアではありません。

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知る人ぞ知る、日本で唯一特急電車が止まる無人駅だそうです。

駅舎もあるので、昔は有人だったのでしょうけど、今は資料館になっています。

懐かしい感じのする駅でした。

この後は、鹿児島空港へ

行きはJAL、帰りはANAでした。

見るところはもっとあった鹿児島でしたが、

非常に充実した中身の濃い研修旅行でした。

一緒に行ったメンバーの方、本当にお疲れ様でした。

最後まで読んで頂いた方もありがとうございました。

今週は以上です。また来週 


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